IoMBについて



  【 IoMB 】:

 IoMBとは「 Identity (自己同一性) of(の)Muscle (筋肉)  Bone (骨)

の略語です。


直訳すると「筋骨のアイデンティティ」になります。Identity(自己同一性)とは「自分が何者であるか認識するコト」という意味です。

ここでいう、IoMB(筋骨のアイデンティティ)とは、「自分の筋骨がどうなっているか自分で認識するコト」という意味合いが内在されています。 

   私たち人間は地球上に存在する"動的な生き物"です。そのため自立した生活を送る上で、誰もが重力支配の影響下から逃れられない物理的な制限の中で生きています。


 自力で身体を動かすために、人間の筋骨は、水や空気と同じように欠かすことができません。


  それは、私たちに内蔵する筋骨の働きがあってこそ、重力支配下の地上を動くことができるからです。

  もちろん、筋骨の働きの他にも、人体の移動能力は中枢神経系(脳神経・脊髄神経)や末梢神経系(体性神経系・自律神経系)等の機能的かつ恒常的な性質を含めた「生命的な働き」も必要不可欠だという事は言うまでもありません。

 筋骨道場(侠琉館)では、上の内容にある動的な生命体の「機能構造性」を捉えた上で、その名の通り「筋肉と骨の働き」に特化し、運動器系疾患に対して真剣に向き合い、能動的な予防・改善を促す事を目的としています。


できるだけ多くの方の身体を「支えつつ動かす」ため、日常の時折に「自分の筋骨がどうなっているのか自分で認識するコト(IoMB)」が、いつまでも長く歩き続けられる「筋骨の持続可能性」に、コツコツつながっていくと考えます。

筋骨の持続可能性を希求し、定期的な人間のメンテナンスとして、IoMBドック』を推奨しています。


  「IoMBドック」とは、健康診断や人間ドック等、いわゆる「定期健診」と同じように、今現在の自分の筋骨がどうなっているかを定期的に自分で認識(納得)してもらうための「機会のお手伝い」です。


                        筋骨道場(侠琉館)   館長 椿三茶郎

                        太子堂治療院    院長 鈴木義人




筋骨道場  椿三茶郎 × 太子堂治療院  鈴木義人 【Mar. 2018 真剣対談】


テーマ: 『 IoMBの価値 』

sub. title 「 危機回避としての布石・機会創出としての一手 」



鈴木:

最近、俠琉館は『筋骨道場』と呼ばれ始めていますね⁉︎  


三茶郎:

そうなんだ。

『「俠琉館」という漢字の響きが、ちょっとウサン臭いイメージがして、世間から変に誤解を招く可能性があるかもしれない』と周囲から指摘(助言)されたんだ。だから『筋骨道場』という呼び方(旗印)に変えたんだよ。


鈴木:

それで『筋骨道場』と呼ばれ始めているワケなのですね!


『俠琉館』という旗印(ネーミング)には、そもそも初心として、どのような意味(メッセージ)が込められているのですか?


三茶郎:

それは、昔の琉球から今の沖縄に至るまでの歴史的な流れ(背景)を踏まえているんだよ。


琉球沖縄のように極めて哀しく心苦しい「マイノリティー(少数派)の近代史」の中で、その歴史的な事実として「捨てられた石の状態」にあっても、決して朽ち果てることなく、先人から脈々と培われて来た「琉球沖縄の遺産」に対し、少なくとも個人的には、ココロの中で何とも言い難い「哀愁の敬意」を抱いているからなんだ。


そこで何とか、琉球沖縄に対する「後ろめたさ(哀愁)や敬意のココロ」を掲げながら、今の現代社会において、何かしら具体的なカタチでリアルに表現したいという気持ち(志)が、ビシッと空から降って来たからなんだ。


だから『琉』なんだよ。


まぁ、『たがやし整体』の技術的経緯は、「琉球空手の流れ」に少しだけ沿って、そのルーツ(道)を微かに辿っているのだけどね。



鈴木:

なるほど、『俠琉館』の『琉』は、ソコから来ていたのですね。


それでは、『俠』は、ドコから来ているのでしょうか?


三茶郎:

コレは、この国の昔(風土)から伝承されてきた「カタギ(堅気)としての『侠』、いわば『下町の陰徳』みたいなココロ」を、これから先の時代も後世へ継承していきたいと、それを途絶えさせてはアカンと感じ。

(時代的にはデメリットを背負うかもしれないけれど...)


その言葉だけでは説明しにくい「情の価値」や「仁の技法」を具体的なカタチでリアルに表現したいという気持ち(志)が、これまたビシっと、空から降って来たからなんだ。


この昔ながらの情や陰徳の価値観は、これから先の未来において、ローカルな国内だけに留まらず、むしろグローバルな風に乗ったタイミングで、その後はアジアそして世界へと広がっていく「古くて新しい文化 」だと思うんだ。


それは、東洋や西洋を問わず、発展途上国や先進国を問わず、包括的な「人間の安全保障」に貢献できうるポテンシャル(潜在力)だなと、直観的にただ単にそう信じているからね。


だから『俠』なんだ。


鈴木:

そうでしたか。


やっと『俠琉館』の意味合いが、理解できるカタチで、ビシッとつながりました!


しかし、『筋骨道場』では、『俠琉館のフィロソフィー(哲学)』が、逆に伝わりにくくなってしまうのではないですか⁉︎


三茶郎:

そうなんだよね! 

しかし、それはある意味で仕方がないコトなんだ。


それが今の時代を象徴する『ジレンマの実態』で、1つのカタチ(実例)にすぎないのだよ。


鈴木:

えぇっ!?  どういう事ですか?


三茶郎:

簡単にいうと、様々なモノゴトにおいて、本音と建前が至るところで、ずっーと、ビシバシ、現在進行形でイガみ合っているってコトさ。


鈴木:

確かに、遅かれ早かれ時間の問題で、進まらざるをえない未来が流れてきているというのに、未だ至るところでゴマかしや足の引っ張り合いなど、いちいち、イキづまっていますからね。


それだから、真意や誠意とは別に、イヤでもそのような陰険かつ陰湿の中で生活しなければいけないモンだから、数多くの人たちは色んな意味でイキづまって人間の呼吸が浅くなり停滞し、それこそリアルに息が詰まっている時代(社会)なのだと思います。


東洋医学的にいうと、社会や時代そのモノが、 "虚して" いる感じです。


三茶郎:

そうだね、ソレは私も全く同感だよ。


未来に対し、本来責任ある立場にある人間の、その多くが、自己愛や自己保身に囚われ、そのような生き方が、あっちゃこっちゃ連鎖反応的に拡散し、至るところで、伝染しちゃっているからね。

 

鈴木:

はい、その目には見えなくハッキリ把握しづらいハヤリ(流行)の伝染病は、いつかは『終わりの始まり』をむかえるでしょうけれども、結局のところ、人生の時間を無駄に使わされた将来的なツケは間違えなく今後、特に平成生まれの世代にガッツリ降りかかってきますね。



三茶郎:

そうさ。

それが、今の時代の『病理の実態』さ。


鈴木:

病の原因が、目には見えない五臓六腑(肚)の中にあるのに、

目に見える表層の皮膚を中心にアプローチしている治療と、

何か本質的に似ていますね。


三茶郎:

うん、アナロジー(類比)として、かなり似ている。


共通のポイントは、気持ち的に面倒かもしれないけれど、こつこつ基礎代謝を上げながら体質改善を計り、基礎体力を身に付けていくコトが、当たり前の生活習慣からの方向転換の起点で必要になる意思決定力(情報処理能力や情報解釈力)につながっているということだね。



鈴木:

はい、ゆでガエルの子も、やっぱり、ゆでガエルであるならば、

いつかは、時間の問題で、落ちるところまで落ちるしかないという、選択の自由を自ら失うハメに陥ります。


三茶郎:

......... (沈黙)


鈴木:

……… (少しだけ間を置く)


気を取り直して、

ここで、ガラッと話題を変えさせてもらい、

今回のメインテーマである『IoMB』の話題に移らせてください。


三茶郎:

押忍! そうしよう。


鈴木:

あらためて、率直に、三茶郎さんが今の時点で、ツカんでいる『IoMBの意義』とは、一体どのようなモノでしょうか?


また今後、ソレは何のためになっていくとお考えでしょうか?


三茶郎:

そんな”意義”っていうと少し大げさだから、ここではもう少しカジュアルな表現で、”価値”っていう身近な言葉に置き換えるね。


まず『IoMBの価値』は、簡単にざっくり説明すると、『われわれ生身の人間が、できるだけ長く自分の足腰(筋肉・骨)を使って日々歩き続けられるように、肉体寿命として確実にいつかは老いて動かせなくなる有限な身体をできる限り長持ちさせるためのモノさ。』


またそれは今後、好むと好まないとを問わず、否が応でも平均寿命が延びていく時代、いわゆる『人生100年時代』だから、どうせ生きるなら、できるだけ元気に自分の足腰(筋骨)で歩けた方が、ただ単純にいいでしょ!? そのためのお手伝いとして『IoMBの価値』はあるのだよ。


だから、その新たな時代の1つの方向性として、実年齢や平均寿命など従来の『固定概念の定着化』というよりは、むしろ新たな『健康年齢の価値観』に沿ったQOL(生活の質)の向上を尊重していく予防医学や健康寿命etc『次世代のトレンド』につながっていくと思うよ。


鈴木:

なるほど、ざっくりした大きな内容(総論)としては何となく理解できました。


それでは、次に、はっきりした詳しい内容(各論)をいくつかお聞かせ願います。


三茶郎:

いいよ、望むところだ。


one-on-oneの真剣勝負でいこう。


鈴木:

はい、是非ともお願いします。


そもそも論(入口論)ですが、『IoMB』というのは英文字ですが、どのような意味があるのでしょう?


三茶郎:

『IoMB』とは、『Identity(自己同一性) of(の)Muscle(筋肉) Bone(骨) 』の略語で、直訳すると「筋骨のアイデンティティ」というコトなんだ。


ちなみに、Identity(自己同一性)とは「自分が何者であるか認識するコト」という意味で、ここでいう、IoMB(筋骨のアイデンティティ)は、「自分の筋骨がどうなっているか自分で認識するコト」という意味合いが内在されているのだよ。


鈴木:

『IoMB (自分の筋骨がどうなっているのか自分で認識するコト)』は、MRI(Magnetic Resonance Imaging: 磁気共鳴画像診断装置)の検査を活用するということですか?


もしそうならば、最新鋭のMRIを備えた病院やクリニックに行って診断してもらう方が、いいのではないですか?


三茶郎:

もちろんMRI検査は、説明するまでもなく重要だよね。


運動器系疾患だけでなく循環器系や消化器系など多種多様の検査や診断が可能だからね。

多くの病の早期発見・早期治療にも、リアルにつながっていると思う。


鈴木:

それでは、わざわざ『IoMB』をススメる必要はないのではないでしょうか?


例えば、われわれの専門分野である運動器系の疾患で、椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症etc

結局のところ、主流としてMRIにたどり着いている訳ですから。


三茶郎:

うん、その通りだね


MRI検査は主流だから、その画像診断の結果を元に、処方箋や手術内容が組み立てられているしね。


MRIを最終的な意思決定のために活用することは、言うまでもなく重要だと認識しているよ。


そう認識した上で、あえて『IoMB』をすすめているのには、いくつかの理由があるんだよ。


鈴木:

う~ん、非常に興味深いです!


なんでしょうか?  

あえて『IoMB』をススメるその理由とは?


三茶郎:

まず1つ目の理由は、骨の歪みの状態(脊柱管の狭窄、半月板の損傷、椎骨のすべり、椎骨の圧迫etc)は、MRI検査により目に見えるカタチで把握できるけれど、「筋肉の質(弾力性等)の状態」や「関節のツマり具合の状態」などは、決してMRI画像には写らない。ソコが、主流であるがための盲点(死角)になっているからなんだ。


だから、『IoMB』による皮膚感覚レベルで、しっかりと筋肉と骨の関係性(持ちつ持たれつの協調運動)を認識してもらうには、程よい刺激で押圧しながら傾聴(たがやし整体)しないと見逃してしまうコトが少なくないんだよ。


鈴木:

確かに、背骨(脊柱・各脊椎)の過重負荷のかかった局所の周辺部位にある筋肉の状態を把握せずに、痛みやしびれの実態を把握するなんてことは、ナンセンスとはまで言わないが、ただ単に"何かモノ足りない"ですからね。


三茶郎:

2つ目の理由は、例えばある日、急に腰痛になって、痛みとしびれの影響で、突如歩くのが困難になったとしたら、このまま歩けなくなるのではないかとの将来不安から、すぐさま病院に行ってMRIで検査し、その画像診断から『腰椎椎間板ヘルニア(腰椎4番、5番)』と診断されたとするね。


この時は、非日常的な出来事で、ショックのあまり、心理的なパニック状態に一時囚われてしまうだろうから、このような時は、専門医の言うことは、「絶対的に正しい」と錯覚に陥ってしまいがちになるけれど、このような時こそ、感情的になりつつも、冷静かつ緻密に認識する度胸(心構え)が、とても大切なんだよ。


どうしてか?

それは、もしかしたらその時の『急性腰痛や歩行困難の実態』は、単なる一過性の『ぎっくり腰』である場合が、臨床現場的に(経験医学的に)、少なくないからね。


何が言いたいのかというと、痛いから、歩けないから、不安だからとかいって、ナンでもカンでも、いわゆる専門家の言うことを絶対的に正しいと、鼻から決めつけ鵜呑みにしすぎてはいけない。もう少し主観的かつ客観的に「医療(情報)リテラシー」を高めようじゃないか、ということなんだ。


そのような意味合いを含め、定期的な『IoMBチェック』の活用により、常日頃から『自分の筋骨が今どうなっているのか自分で認識するコト』は、やっぱり理屈としても、また心理としても、ナンダカンダいって、重要だと思うんだ。


その方が、自分なりに納得すると思うし、何よりも『医療(情報)リテラシー』さえ身に付けられれば、たとえ急性腰痛に見舞われたとしても、その直後の対応は、冷静かつ緻密な意思決定の過程を踏めるようになれると思うからね。


何より、よろしくない傾向は、無関心と無知から生じる思考停止の心理状態に囚われることで、それは時間の問題で『時すでに遅し』や『後の祭り』に自動的にハマっていってしまう受け身の姿勢だよ。もっと、能動的にイカンとアカンと思う。


鈴木:

なるほど、急性腰痛の期間に、MRI検査で、腰椎椎間板ヘルニアと診断を受けたとしても、その時だけ痛みとしびれが表面化している状態(炎症期間)で、その後、炎症反応さえ静かに治まれば、また普通に歩けるようになる場合は、意外と少なくないですからね。


まあ、中長期的に慢性炎症を伴う「骨(関節)の拘縮や変形」また「筋力低下や筋委縮」があるような場合で、手を施しても効果のない場合や夜間痛を伴い同時に長い睡眠障害になっているような場合等には、最終的な意思決定として、手術の選択肢(激痛からの解放)も十分にアリだとも思います。


三茶郎:

そうだね。

手術による最終的な痛みからの解放は、特に痛すぎて、痺れすぎて、動けないし、眠れないし、精神的なダメージも存分に被る場合には、十分にアリだよね。


ようは、『時間との駆け引き』や『間の取り方』に近い、合理的な判断(感覚)が重要だよね。


どういうことか!? 

例えば、慢性腰痛から急性腰痛に転化した『ぎっくり腰』の場合、われわれの手技療法("たがやし整体”)で、施術は可能だけれども、交通事故などで物理的な損傷が明らかな『複雑骨折etc』の場合には、説明するまでもなく救急車で病院に直行し、一刻も早い外科的処置(手術)が必須だし。


それは待ったなしの時間との駆け引きだから、その時に自然治癒が大事なんて、のん気なコトを言っている暇はないからね。


※ (自然治癒が大事になる時は、例えば「肋骨にヒビが入った時」や「ふくらはぎが肉離れした時」などで、ソレ(自然治癒力)は、かんたんにいうと「安静にしてくださいっ!」や「よく眠って下さいっ!」という言葉の中に内在されているのだと思う。)


鈴木:

はい、そう思います。


われわれ東洋医学(漢方)系に携わる臨床家は、時間の感覚でいうと、中長期の生活習慣を対象にした、コツコツ積み上げ型式の「質的変化のプロセス」に、本来の強みを発揮するのですからね。


だから例えば1型糖尿病(先天性の糖尿病)に対しては、積極的な治療を担ってはいけません。それは、病院で診てもらうのがいい。


担うべきは、2型糖尿病(後天性の糖尿病)に対してであり、それは主に潜在患者さんへの予防アプローチや2型糖尿病患者さんが、生き延びるため(日々歩けるため)の環境づくり(筋骨づくり)に、護衛として支援することです。



つづいて『IoMB』をススメるのは、どのような理由からでしょう?


三茶郎:

うん、『IoMB』をススメる最大の理由は、生活習慣や老齢化、そして心因性やケガ等に関連して、目に見えない水面下で進行する運動器系疾患を「予防させながら改善させていく」にあたり、『筋骨のアイデンティティ(IoMB)』は、そのコンパス(羅針盤)になりえるからだよ。


運動器系疾患を能動的に予防や改善していくには、『IoMB(筋骨のアイデンティティ)』を定期的に知るコトが、現在地(今の筋骨状態)を把握する上で、とても役立つからね。


鈴木:

『IoMB(筋骨のアイデンティティ)』は、時の流れに対する、コンパス(羅針盤)になるですか、、、!?


う~ん、どうも、まだしっくりきません。 


もう少し具体的に教えてください!?


三茶郎:

シンプルにいうと『筋骨のシグナル(声なき声)』を皮膚感覚で感じとりツカむ(傾聴する)イメージだよ。


例えば具体的に、慢性の腰痛持ちで、時々、股関節や膝の周囲が痛くなる人がいるとするでしょ。


その人は、職業柄や年齢的にも、それは仕方がないコトかなと、認識して(思考停止して)いるとするね。


もちろん、慢性的な腰痛だから、当然、痛みには変に慣れてしまって、時々、股関節や膝の周囲が痛くなったりする生体反応(シグナル)にも、どんどん鈍感になっていってしまうよね。


このように、中長期的に固定化(停滞)してしまう生活習慣を、「ここぞっ!」というタイミングで、少しだけ良い方向へ、ビシッと、舵を切るコトが、『IoMB』による介入手段(危機回避としての布石)なのだよ。


どいうことか!?

それは、「脊柱や骨盤周りの骨の状態」や「脊柱や骨盤の周りの筋肉の状態」などを『たがやし整体』によりビシッと捉えるコトで、その筋骨そのモノが、身体全体のバランス感覚を含む真髄を、ビシッと伝えてくれるのだよ。


鈴木:

なるほど、『たがやし整体』により、「脊柱や骨盤周りの骨の状態」や「脊柱や骨盤周りの筋肉の状態」など、そのような『筋骨の実態』が皮膚感覚(傾聴)で、ビシッと感じ捉えられるワケなのですね。


それだから、その時まで(そのタイミングの時まで)、当たり前の生活習慣であったコトが、『IoMB』により、ガラッと、方向転換できるというワケですね。


三茶郎:

うん。まぁ、正直にいうと、ガラッと方向性はシフトできるけれど、またズルズルと当たり前の生活習慣(元の居場所)に引き戻されてしまうパターンが、実際、ほとんどなのだけどね。


特に、当たり前の生活習慣は、違う言葉で表現すると、それだけ人間の無意識の力が、根強く働いているというコトなんだ。


浅い意識レベルでは、到底、深い無意識レベルには、太刀打ちできないのも、これまた精神医学的かつ臨床心理学的にも事実なんだ。


同時にそれが、「わかっちゃいるけど、ヤメられない人間の性」だとも思うよ。



鈴木:

要するに、きわめて難しいワケですね? 


当たり前の生活習慣からの方向転換は??


三茶郎:

不可能ではないけれど、深い無意識の領域にアプローチする必要があるから、繰り返し繰り返し、気づき(知性)や動き(身体性)、そして息づかい(呼吸)を、包括的に動的な生命体(人間自身)の奥底(無の領域)に、しっかりと認知行動的に浸透させながら自然体(全身全霊)として馴染ませていくコトが、必要不可欠なのだよ。


また、それはそれで、自分のレジリエンス(自発的治癒力)を高めながら、人間力(しなやかな矜持)を身に付けつつ潜在能力を引き出していく上での奥義(秘伝)なのだよ。


そして、これが世間でよく目にする「背骨や骨盤を矯正する」、「自律神経を整える」、「免疫力を高める」、「睡眠障害を克服する」「腸内環境を整える」「無意識の力を引き出す」「老いないアンチエイジング」「疲れない心と体づくり」など、数多くの書籍のタイトル等に隠されている「健康ワードの実態』で、ソレらをつなぎ合わせていくと一種の体系知(インテリジェンス)にたどり着くようになっているのだよ。


加えて、まさにココに、今の時代のキーワードである「鬱(うつ)」や 「不安障害」そして、いわゆる「広汎性発達障がい(ADHD、ASD、またはその混合を含む)」等への人間的なアプローチが可能になってくるコトに、実は、ハジメからつながっているのさ。


もう少し身近な例を上げて、簡単に説明すると、英語や数学、武道や手芸など、体感(皮膚感覚)として習得していく過程(道)のように、コツコツ地道に体験を積み重ねていく「修行の精神」や「成長の精神」が、気づき(知性)や動き(身体性)、そして息づかい(呼吸)を、包括的に動的な生命体(人間自身)の奥底(無の領域)に、しっかり認知行動的に馴染ませていくコトに近いよね。


またそれは、弁証法的にも、大切な価値観にもう既に古(いにしえ)から、そうなっているだろうと、言わざるを得ないよね。現代科学的にまだ追いつけていないだけさ。


これこそが、何を隠そう『道の文化』であって、「文化の力」そのモノだよね。


鈴木:

なるほど。

だから、三茶郎さんは医療とは言わずに『医道』という言葉を、時々使っているワケなのですね。


三茶郎:

そうさ。

医道のリアリティーが、わたしのアイデンティティに連なっているからね。


鈴木:

それは、オモしろい!

まさに、道の文化のユーティリティ(有効性)ですね!


それと、『羅針盤としてのIoMB』を実生活で活用することは、

「リスク・マネイジメント」というよりは、むしろ『クライシス・マネイジメント』に

近いような気がしますね!



よしっ、そろそろ、まとめに入らせてください!!


三茶郎:

ちょっと遠くまで、話題が舞い上がってしまったよ。


鈴木:

いいえ、そんなことないですよ。


話題が花火のように舞い上がってくれたおかげで、目的地(出口論)のようなモノが少し眺められましたから。



ここから、単刀直入に、まとめさせてもらいます。


人間の身体を『耕しつつ整える』という実践的な施術行為が、『筋骨のアイデンティティ(IoMB)』を自ら認識する上で技術的に役立ち、また筋骨からの声なき声を主観的かつ客観的に傾聴できるよう、リアルに手伝うアプローチが、まさに『IoMBの価値』いうことですね。


一方的にまとめてしまいましたが、

こんな感じでよろしいでしょうか?


三茶郎:

うん、そのような感じだよ。


自分の筋骨の状態が今どうなっているのかなど、普段はあまり意識しないから、『自力での気づき』が、きわめて困難なんだよ。

それは空気と同じように当たり前すぎて身近すぎるから。


だから、日常的な心理的盲点(死角)になっているのさ。

時々、ふと気づいている人もいるけれど、それはそれで、その次の行動に中々、つながっていけないからね。


だからこそ、『たがやし整体』の手技によるリアルなアプローチで、『IoMB』の定期的な"気づきの機会"(機会創出としての一手)が、『筋骨の働き』をできるだけ長く持続可能なモノに築き上げていく上で、その”きっかけ”になりえるのさ。


鈴木:

はい、それはとても大切ですね。

筋骨の状態を定期的に自己認識することは、予防医学や健康寿命etc、成熟した社会における『次世代の価値観』にもつながっていくと思います。



ちなみに、『IoMBチェック』により、自分の筋骨の状態を自分で認識することができれば、その他に何かラッキーな事はありますか?


三茶郎:

うん、ラッキーなことはあるよ。


例えば、日常生活で『IoMB』を実用すれば、筋トレやストレッチなどのメニューづくりも効率的かつ個別的になってくるよね。 


『IoMBチェック』により、筋骨のファンダメンタルズ(基礎的条件)が、身体の全体像として局所だけではなく、大局として、リアルに認識できるようになるワケだからね。


だから、過緊張の筋肉部位はあえてハードな筋トレを控えることが予め可能になるし、逆に筋力低下している特定の筋肉をメインにプログラムをつくれるようにもなるからね。


鈴木:

なるほど、確かにそれはラッキーですね。

せっかく筋トレやストレッチなどを努力して励んでも、身体全体の筋骨の状態を認識しながらメニューをつくったりプログラムをこなしている方は、中々いないですからね。


三茶郎:

ただし、あらかじめ気をつけてほしいのは、足関節、膝関節、股関節、仙腸関節の協調運動に不具合があるような場合(コンディション)では、いくら頑張って筋トレやストレッチetcに励んでも、弾力性のある筋肉はついてこないし、逆に筋骨の状態が悪化してしまうから、心してかからないとアカンよね。


人間のカラダとココロはセット(心身一如)だから、一生懸命トレーニングをしても、いい結果を実感できなければ、やる気がなくなってしまい、イキづまって挫折感をくらってしまうという、いわば「自己限定の罠」に囚われてしまうからね。まあ、自主トレやセルフケアetcを実行する上での「コツ」は、やり過ぎないコトや頑張り過ぎないコトで、「身体の動きに対して、自分の呼吸を、自分自身で傾聴できるぐらい」が、ちょうどいいよね。


鈴木:

そうですか、ソレがちょうどいい「コツ」なのですね。


その他に、例えば、『IoMB』の活用により、MRI画像に写っている骨の歪み(位置)を本来あるべき元の位置に戻すことは、『たがやし整体』の技術で可能でしょうか?


三茶郎:

MRI画像に写されている骨の歪みの位置を完全に戻せるかどうかは、変形性や先天性、そして心因性や特殊環境性etc

多種多様な要因に影響(作用)されるから、リアルに施術してみないとわからない。


というか、やってみないとわかるはずがないのだよ。機械が相手ではなく、人間が相手なわけだから。


ただし、『ハイテクのMRI』と『アナログのIoMB』を比較したり、混合させたりするのは、新らたな選択肢の提供として、とても有効的かつ画期的なコラボになると思うよ。


 筋骨の状態を多角的に分析・精査しつつ行動計画や意思決定を組み立てることができるようになるだろうから。


例えば、具体的に、そのコラボの1例として、あるヒトの頭の中がズキズキ痛いとするでしょ。


その人は脳血管系の病が心配で不安だから、頭部のMRI画像を撮ってはみたけれど、主治医から『特に異常なし』と診断されたようなケースでは、『カラぶりの空虚感』をウメるために、その補助的かつ護衛的な役割として、『IoMB』を選択してもらうのは、とてもいいよね。


なぜか⁉︎

それは、そのようなケースでは、実際に首や肩が異常に凝っていたり、左右の肩甲骨が背中に引っ付いた過緊張の状態であったり、またそのために呼吸自体が、きわめて浅く停滞しているケースが、少なくないからね。


そのような状況下では、自律神経系も乱れている可能性が高いしね、睡眠障害だって疑われるし、消化器系や泌尿器系の機能低下だって十分に考えられるワケだから。


また、そのような精神衛生的にも深刻な状態が長く続けば、時間の問題で、心療内科系の疾患に転化して、その後、どんどん心身の負のスパイラルに陥り、やがては、極めて治療困難な状態に深化(悪化)してしまうでしょ?!


だからこそ、『IoMB』の活用で、筋骨からのシグナルを早い段階でツカみ、その後の対応策につなげていくことは、いわゆる『メンタル ヘルス』だけに止まらず、『Human Intelligence』の観点からも重要になるんだ。


いずれにしろ、『loMB』の実用は、究極的に人間のレジリエンス(自発的治癒力)を高めるための第1歩・第1手になりえるよ。


鈴木:

はい、『MRIとloMB』とのコラボ例、よくわかりました。


これが、現代医学と東洋医学のシナジー効果から生じる包括的な医療(医道)の1つのリアルなカタチですね!


三茶郎:

そうなんだ。


われわれ筋骨の専門家にできることは、『たがやし整体』を実践するコトで、『筋骨のアイデンティティ』をバシっと、浮かび上がらせ、その時の時間軸をベースに、来るべき将来を見据えた危機回避のための布石(機会創出としての一手)を打つことなんだ。


そして、『筋骨の働き』を改善してもらうように、当たり前の生活習慣からのドンデン返しとキッカケづくりを狙い打ちするのだよ。


(もちろん、痛みや痺れを緩和させるアプローチもするけどね。)


鈴木:

まぁ、シンプルに、健康づくりとは、そのようなモノですよね。


三茶郎:

そう、筋骨だけに、こつこつ歩いたり、コツコツ健康づくりに励んでいる人の多くが、いつまでも自分の足で歩き続けられるコトにつながっていくのだと思う。


『うさぎとカメのレース物語』に近いね。


そういった意味で、『継続は力なり』は、いつの時代であっても正しいと思う。


終了